067

 言われなくても真面目な顔で聞いていたし、それを通りこして、驚愕の表情さえ浮かべていたに違いない。これが驚かずにいられようか。
 伊丹幸吉を昏倒させた犯人は、レムリア星姫であったという。
 正確には、星姫に操られた寄生生物第三の妹、「微」であるという。
 その動機は、伊丹さんが両隣を含めて「黒猫館」を買収しようとしたからだという。
「レムリアさんは? そこにいないのか?」
「さっき来客があって、部屋を出て行きました」
「そういえば、きみは縛られているのだろう。どうやって電話をかけているんだ」
「十徳ナイフですよ」
「え?」
「出がけに横街さんから借りたやつ。オーバーニーソックスに挟んでおいたのです。上半身は椅子にがっちり固定されていましたが、下半身はフリーでしたので。いやあ、とてもお見せできないような恰好で悪戦苦闘したあげく、なんとか縄抜けに成功しましたよ」
 電波の状態は、ますます悪化しており、時々警戒音が鳴って、ぶちぶちと声が途切れた。けれどもそれとは別に、背後で何とも形容し難い機械音が聞こえている。古いSF映画の効果音のような……みょうに神経を掻き乱されるような音が。
「そろそろ電波がやばいな。自力で帰って来れそうか?」
「ええ。でもできれば、マスターを連れて乗り込んでほしいのですよ」
「ユクトを? なぜだい」
「だって、いよいよクライマックスじゃないですか。魔女に高い塔に閉じ込められたお姫様を、白馬の王子さまが助ける場面じゃないですか。ドン・キホーテとともに」
「だれがドン・キホーテか。ボケているうちに切れちまうぞ」
「そんなわけで、レムリアさんはさっき、来客と隣の部屋に入りました。猫の左目ですね。これはあくまでわたしの推測ですが、九十九パーセント当たっていると思います。例の来客というのはですね……」
 OMEの最高経営責任者、荻原慎一郎であるという。
 電波はさらに乱れた。
「……このままでは、第二の犠牲者が出るか……あるいは、もっとひどい事態におちいる可能性があります。部屋から引きずり出してでも……マスター、を……愛しの……ーテさま」
「なんだって?」
 愛しのドン・キホーテさま。
 そう聞こえたような聞こえなかったような一言を最後に、通話が途切れた。あとは、何度リダイヤルしてみても、電波が届かない。半ば上の空で礼を言って佐々木雪に電話を返すと、彼女は出番も終わりとばかりに、そそくさと立ち上がった。
「なんだか、込み入った事情があるみたいですね。わたしは、これで失礼します。またあらためて、おじゃましますね」
 今は大人しく引き下がるが、あとで説明しろという意味だろう。彼女が部屋を出ると同時に、バスケットの蓋が開いた。
「話はすべて聞かせてもらった。妹が来ているんだな」
 ぴょんと机に飛び乗り、ぼくを指さすなり、そう言ったのは、もちろん「希」のほう。イコはというと、バスケットの中で体を丸め、鼻提灯をともしていた。
「おまえの地獄耳には呆れる。電話の声が聞こえたのか?」
「ことわざにもあるだろう、技の一号、力の二号、だ」
「それは諺じゃない」
「とにかく、姉さんは視力がバツグンだけれど、わたしは聴覚が優れているのさ」
 言われてみれば、イコは瞳を覗きこむことで、ぼくの中の情報を引き出していた。妹は耳から入るというわけか。唐突に、夏野がとり憑かれている時にもらした、詩のようなうわ言が思い返された。
(まず最初に老人は、見えない姉の手を引っぱりました。彼女は『夷』と名づけられました。次に、声の聞こえない、二番めの妹の手を取りました……)
 これと似たフレーズを、どこかで聞いた覚えがある。あるいは、本で読んだのかもしれない。しかし今は、そんなことで頭をひねっている場合ではない。ぼくは尋ねた。
「おまえの妹は、人間の利害関係のために行動したりするのか」
「まずあり得ない。それは聞いていて、わたしも不思議だった。ただ、もしかすると交換条件次第では、動かないとも限らない」
「いわゆる『めし』か?」
「違うな。妹にとって、めしは二の次だ。あいつが何よりも切望しているのは……」
「人間になることですねえ」
 いつのまにかイコが、バスケットの縁にもたれて、こっちを見ていた。すでにぼくの目の中から、情報は読み取ったのだろう。